アダルト・チルドレン・オブ・ディスファンクショナル・ファミリー

ACが、否認から抜け出して、「問題」が自分に当てはまると言うことを理解すると、自分は、きわめて粘り強く正直で精神的強さを持った人間なのであり、個人の責任を果たす上での並大抵でない能力をもっているのだと考えることができるようになる。

私たちは、今まで狂っているのではないかと考えたり、自殺未遂をしたり、自分を駄目にしてしまうような飲酒や過食や、薬物乱用したり、めちゃくちゃに働いたり、強迫的な人間関係の持ち方をしてきた。

子供時代・青年期・」成人期と、辛い体験の中を生き抜いてきた人もいるが、そういう人に本当に必要なのは、安全な場所なのである。そこで、やっと防壁を取り去り、否認することをやめ、自分や他人に、どんなに自分は怒り、心を痛め、苦しみ、たけり狂い、傷ついていたのかを認めることが出来るようになる。認めよう、実感しよう、そして解き放つのだ。

私たちの中の誰かがそれを必要とするとき、私たちはその人の兄弟、姉妹、自己、父、そして母になる。私たちはお互いを必要としているのだ。そして、私たちは皆、人生を大人として振る舞うことを、言い換えると自分自身と自分の人生、そしてその中にあるすべてのものに対する責任を、要求できる自己になるのである。

ミーティングに出て、「これは自分の問題ではない」という否認に逃げ込まず、そこで起こったことを受け止めることが出来る人は、誰でも、逆戻りすることのない回復をはじめたことになる。その人の生活すべてが、回復の過程の一部となる。たとえ、それがどんなに混乱したものに見えたり、感じられたりしてもである。私たちは、少なくとも一度は、そんなものはもう必要ないのだと確かめたくて、自分の古いドラマを演じたり、防壁を築いてみたりする。確かに必要ない。それに、他の強迫観念の否認に逃げかえることもない。必要なら他のプログラムをやっていく。私たちは力強く生き抜いてきた人間なのだから。

(Newcomer's Packet, 1st ed., Adult Children of Alcoholics, San Diegoから引用)

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